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向上する魂
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明治27年に岐阜県で生まれ、後、上川中学(現在の旭川東高等学校)を卒業し、上京後に中原悌二郎と出会い数々の名作を残した加藤顕清。氏の作品は一貫して高い品位を保ち、あたかもロダンの彫刻の如く見る者に人間の気高さを感じさせずにはおきません。こうした作品を身近に見ることができるのは幸せです。この「人間像・青年」もそうした作品の中の一つで、まるで何かから絞り出るような肢体の動きは青年特有の現状を打破して成長しようとする、時代を超えた不変の真理を感じます。
●ブロンズ
●高さ170センチメートル
●1960年制作
●1972年設置
●緑道(7条6丁目)
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2006/11/13
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旭川市役所から常磐公園まで伸びる通りは「緑道」と呼ばれています。道の真ん中には緑で囲まれた歩道があり、その両脇を一方通行の車道が走っています。町中にもかかわらず静かな雰囲気で、犬をつれての散歩や家族連れ・自転車で公園へ遊びに行く人などが行き交います。
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緑道にはいくつかの彫刻が置かれています。その一つが、この「人間像・青年」という彫刻です。左の膝のみを伸ばし、他の関節を全て折り曲げながらも肩幅以上には出さず、まるで大地から人が生まれ出るかの如き姿です。 |
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停滞を嫌い常に精神の高みを目指し、大きく伸びようとする青年の精神性の中にこそ人間の普遍性を見い出したかのようなタイトルでもあります。それは混迷する時代に生きた氏の、時代を超えて訴えざるを得ない人間への希望であり願いなのかもしれません。 |
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人は単に生まれたままでは「人」として成長することはできません。より大きな人格とふれ合い触発を受けることにより、内側に眠る内発の力が自己自身を精神の高みへと向かわしめるものです。ソクラテスとプラトンの時代から続く、人間の普遍性でありましょう。氏の作品に自然と備わる気高さは、こうした精神の普遍性に対する絶対的な信頼が礎になっているからかもしれません。 |
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いじめによる苦しさから中学生の自殺が続いています。社会のゆがみは必ず若い生命に反映するものです。まわりに哲学をもって生きる人がほとんどおらず、あまりにも貧相な人格の大人しかいない現代の子供達。
かつてマッカーサーが、明治の政治家と違い昭和の政治家はなぜ小粒なのかと問うたそうです。その疑問に答えるため吉田首相は諮問機関を置き調べさせました。そして導かれた結論は「今の日本の政治家は古典を読んでいない」というものでした。当時にしてそうですから、現代の政治家のみならず教師にも父兄にも、この指摘はあてはまることでしょう。
尊敬できない大人が多すぎる不幸、しかしそれでも人間の内面には大いなる精神の海原が広がっていることを、この彫刻から気づかされます。氏の作風に応える生き方をしたいものです。 |
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以下はその他の写真です。
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